フィルムスキャン作業のページ(2016年-12) 

この週末もほとんど家にいましたので、フィルムスキャンが捗りました。(2016/04/17)

↓ 相変わらず写真の撮り方はダメですけど、写っている車両は貴重なものがあります。オエ7016です。前後に写っている駅名板から姫路操車場にいたものではないかと思います。この車両はネットで得た情報ですとクハ65128→オハ7031→スニ7312→オエ7016という変遷を辿ったようです。クハ65は後のクハ16のようですので、17mの3扉ということで側面はこれに近い形態だったと思います。1980年3月の撮影です。

↓ こんなダルマさんも撮ってました。車窓から見つけて、発車の時に撮ったサハシ153です。詰所代わりに使われていたものでしょうか。山陽本線の本郷駅で上と同じ日に撮ってました。

↓ 次も同じ153系。淘汰が始まると真っ先に廃車になるパターンが多いのがサハなのですが、しっかり撮ってました。でもこの右側の車両の方がもっと美味しいです。だって155系ですよ。屋根の高さが違うのが見て取れます。大阪駅を出て行く急行比叡、1981年6月の撮影です。

↓ 同じく急行電車ですが、こちらは交直型。この頃は普通にヘッドマークが付いてました。この写真からは編成もわかりますね。奥からMc+M'+Tc+Mc+M'+T+Tsまで見えてそこにはパンタがひとつなので、残りはMc+M'+Tcと推測できますので10連だったわけですね。1981年6月に岸辺駅で撮影したものです。

↓ で、同じ日に撮ってました、サハ455。5号車の札が入っているので上で推測した編成は正解のようです。この頃はすでにグリーン帯が消えていたんですね。

↓ 最後は衝撃的な写真ですが、鷹取工場の外周道路の街路樹によじ登って撮ったものです。EH10-39が解体されていました。写ってないですけど、この左側にはEH10-3の残骸が山積みされてました。113系も写っていますが、たしか鷹取工場は元々電車は扱っていなかったのが、この頃から電車も担当するようになっていたと記憶しています。1975年4月の撮影です。

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